肉牛の大量生産工場 [もくじ]
ロッキー山脈を望むコロラド州グリーリー。見渡すばかりのトウモロコシ畑と二分するように、フェンスで囲まれた巨大な土地が広がる。フェンスの中には、何万頭もの牛が群れている。東京ドームの10個分はすっぽりと入ってしまうほど土地は広いが、牛たちが自由に動き回るスペースはない。50頭ほどずつ群分けしたパドックに入れられ、狭い囲い地の中でひしめき合っている。木陰を作る樹木は1本もない。ときおり突風で砂煙が舞う。牛たちはけだるそうに、あるいはイライラしたふうに体を揺らせて、柵に沿って作られた給餌槽に首を突っ込んでエサを食べている。
コロラド州のグリーリーに限らず、アメリカの北西部を中心に、都市の郊外に行けばどこでも見られる、ごくありふれた光景だ。アメリカの牛肉ビジネスを支えているフィードロットである。
フィードロット(feed lot)とは、牛を放牧にせず、フェンスで仕切ったペン(牛囲い)に入れて効率的に肉牛を生産する集団肥育場のことをいう。アメリカの肉牛生産は、大手食品メーカーによる5万頭から10万頭単位の大規模なフィードロットの経営のもとに、徹底した大量生産が行なわれている。肉牛は、だいたい次のような養育プロセスをたどって出荷される。
繁殖の専門業者が、種牛を、子牛の生産を行なっている農家に貸し出す。農家は種付けをして子牛を出産させる。生まれてしばらくは、子牛は母牛と一緒に過ごすが、6カ月から8カ月で離乳し、体重が200キロを超した頃、子牛を育成業者に引き渡す。
育成業者は子牛を牧場で約1年間、牧草を食べさせながら、体重が350キロ程度になるまで飼育する。そして、目標体重に達した牛は、フィードロットに送る。
フィードロットでは、牛を出身牧場ごとに分けてペン(牛囲い)の中に入れ、4カ月から5カ月の短期間のあいだに穀物を主体とした配合飼料を与えて肥育する。こうして体重が500キロ前後の成牛になると、食肉加工工場に出荷するのである。
フィードロットの牛は狭いペンの中に押し込められ、より早く、より太らせるために、青草の代わりにトウモロコシや大豆などの濃厚飼料をひたすら食べさせられる。加えて、病気の発生を未然に防ぐために抗生物質を投与される。同時に、肥育効率と肉質を高めるためにホルモン剤も与えられる。体重や体長をコンピュータで管理され、給餌や糞尿処理などすべて機械化されたシステムの中で、監禁状態のような生活を強いられるのである。
牧場の牛といえば、かつては草原で1日のんびりと草をはんでいたものだ。そして陽が沈む頃ともなると、カウボーイがこれまたのんびりと馬で牛たちを畜舎へ追っていく牧歌的な風景があった。動物と人間のおだやかで自然なつながりとわかり合い、融合があった。今は見る影もない。
フィードロットの牛たちは、命ある生き物として認められていないのだ。人間の利益を生み出すビジネスの対象としてしか存在しない。フィードロットは巨大な肉牛生産工場であり、車やテレビを大量生産する機械工場と同じなのである。
病気を
病気を増やす抗生物質の乱用 [もくじ]
狭い土地の中に、まさにぎゅうぎゅう詰めにされる牛たちは自由に動き回ることができない。本来、広い牧草地でのびのびとしていたのが、極端に運動を制限され、彼らの本能はねじ曲げられる。そのため、それがときとして異常な行動になって現れる。
ストレスがたまれば、それに起因する病気の発生率が高くなる。
牛結核や口蹄疫などの伝染病でも発生したら大変である。一頭でもかかったら、フィードロットの牛たちに次々と広がってしまう。そこで、こうした病気の発生を防ぐために、エサに抗生物質を混ぜる。栄養添加物入りの濃厚飼料に、さらに抗生物質がたっぷりとまぶされるのである。
抗生物質と細菌の戦いは、追いつ追われつのシーソーゲームだ。抗生物質が強くなれば、それに対抗して細菌も強くなるという関係である。耐性菌の出現は、結果として新しい抗生物質の開発につながっていく。現在では2000種にのぼる抗生物質が開発されている。しかし、細菌は抗生物質に対してすぐに耐性を持つようになるから、抗生物質を投与しても効かなくなる。両者はイタチごっこの関係になっているのだ。
フィードロットの牛たちは多種多様な大量の抗生物質を投与されている。クロロマイセチンやチオペプチンといった抗生物質が10種類以上もエサの中に混ぜられるという。(中略)
フィードロットの経営者たちが牛たちに抗生物質を与えるのは、むろん彼らの健康を思ってのことではない。出荷に影響しないように、さしあたっての病気を防ごうというのが目的である。目の前の利益を守るためだけであって、その姿勢は非難されるべきであろう。抗生物質の使用は、新しい病原菌を生み出して牛たちの健康を阻害するだけでなく、我々人間の安全をもおびやかしているのである。
ホルモン剤
ホルモン剤残留の恐怖 [もくじ]
フィードロットの牛たちは、ビタミン剤入りの濃厚飼料を食べさせられ、加えて抗生物質を打たれ、そのうえ、さらにまたホルモン剤を投与される。
動物一般に言えることだが、牛、とくにオスの牛は成長するにしたがって筋肉が荒くなって肉質が硬くなる。食肉としての品質が落ちてくる。ホルモン剤は、それを防いで肉質を軟らかくするために使われる。
ホルモン剤の事件は、1985年にも起きている。プエルトリコで約3000人の赤ん坊や女児に初潮が起こり、乳房がふくらむという異常成熟が発生した。調べたところ、子供たちすべてがアメリカ産の牛肉を食べていたことがわかり、その牛肉から、通常、人体が分泌する10倍以上のエストラジオールが検出されたのである。
この衝撃的なニュースは、世界各国に大きな波紋を広げた。EU諸国では、ただちにホルモン剤を投与したアメリカ産の牛肉の輸入禁止措置をとった。ところがアメリカは、これを不満としてEU産の果物に対して100パーセントの輸入関税を課すという経済制裁におよんだのだ。ホルモン剤の使用は人体に影響はないと主張するアメリカ政府だが、まったく信用できないのである。
経済動物たち
経済動物たちの悲しき運命 [もくじ]
今日の日本でも、肉牛生産はアメリカのフィードロット方式を取り入れ、アメリカほど大がかりでないにしろ濃厚飼料と薬剤で育てる飼い方が一般的である。牛は、もはや人間と共生する「家畜」ではなく、商業資本のもとで工場生産される「経済動物」なのだ。では、鶏や豚はどうなのか。彼らとて牛と同じである。機械化された工場に閉じこめられ、経済動物として大量生産されている。
まずブロイラーである。
ブロイラーは卵からヒナにかえると、すぐに飼育用鶏舎に入れられる。狭いスペースに大量に詰め込まれ、1坪(畳2枚分)あたり100羽以上にもなる。そのとき、つつき合ったり、エサを散らさないようにくちばしを短く切り落とされる。鶏舎は日光の射す窓がなく、つねに薄暗くしてある。鶏は「コケコッコー」と鳴いて夜明けを告げる習性を持つ。これを大勢でいっせいにやられては、うるさくてかなわないというわけだ。エサは当然、高カロリー、高タンパクの濃厚飼料である。それに栄養剤、消化剤、抗菌剤などが添加され、自動的に給餌されるようになっている。
こうして、鶏舎の中で押し合いへし合いして育っていく。8週間前後で、食肉に最適な体重1.5キロほどの若鶏に成長する。そのころには鶏舎は、体が大きくなった鶏たちでぎっしり満杯の状態になる。あとは食肉処理場のトラックに積み込まれるのを待つだけである。
卵を産む「採卵鶏」も似たようなものだ。狭いケージの中に立ちっぱなしで、薬剤入りの飼料をたっぷりと与えられ、卵を産み続けさせられる。鶏舎はブロイラー用とは逆に、夜でも照明が当てられ明るい。人工的に昼の時間を長くすることで季節感を鈍らせ、羽の生え代わりを抑える。すると体力の消耗が少なくてすみ、栄養価の高い卵ができるのだという。
鶏たちは、1日に1、2個の卵を量産する。そして、1年半から2年で、その役目は終わる。毎日の過酷な"労働"で体がボロボロになっていき、2年もたつと卵を産めなくなってしまうからだ。用済みになった鶏たちは食肉加工場へ送られ、ソーセージやスープの材料にされる。鶏の寿命はだいたい15年から20年だが、経済動物の宿命とはいえ、その10分の1も生きられない苛酷で哀れな一生なのである。
豚の場合は、フィードロットの牛と飼われ方はほとんど同じだ。土のないコンクリート床の囲いの中に押し込められ、やはり濃厚飼料と薬漬けでいやおうなしに太らされる。
豚は見かけによらずデリケートな動物である。それだけ人間に近いというわけだが、だからストレスがたまりやすく、ノイローゼになることが多い。ストレスが高じれば、当然の帰結で病気にかかりやすくなる。しかし、生産者は環境の改善などまったく考えない。大量の薬品投与でしのごうとする。豚に対する薬品の使用量の多さは牛や鶏に比べて群を抜いている。薬を使えば使うほど豚の抵抗力が弱くなって、病気にかかる率が高くなる。にもかかわらず薬の投与を繰り返す。そこには食品業界と薬品業界の持ちつ持たれつという"腐れ縁"がからんでいる。そのため、養豚場では、病気は絶えることがない。
豚たちは、体重が100キロ前後に達する6カ月を過ぎると監禁生活から解放される。だが、そのときは肉体的にも精神的にももうズタズタになっているのだ。その後の行く末は言うまでもない。