初期の砲弾の起爆装置
以下は、次のページの中の「初期の歴史」の翻訳です。
Artillery fuze - Wikipedia (大砲の起爆装置)
このページは用語の点からとても翻訳がしにくく、理解するには背景説明が必要です。 まず、以下で起爆装置と言っているのは、fuze の翻訳です。fuze は fuse から来たのであろうと言うのが 通説ですが反論もあるようです。fuse, fuze は信管、導火線、ヒューズ (家庭用の電気のブレーカーについているもの) の意味があります。英和辞典しか参考にしなければ、(砲弾の) 信管と導火線が何故同じなのか理解しがたいのですが、 昔は砲弾を爆発させるために、砲弾に付属する導火線に点火してから砲弾を発射したためです。 英語で極めてややこしくなりますから、fuse を導火線の意味に使用し、fuze を信管の意味に使用することもあります。 しかし、以下は大砲の fuse の歴史ですから、一貫して fuze を使用しないといけません。
また初期の fuze、より厳密には時限起爆装置 (time fuze) は基本的には導火線です。 これは砲弾を大砲に装填する前に着火したのですが、アームストロング砲以前の大砲では 発射時の爆風が砲弾と内腔の間を通り抜けるため、砲弾を装填する前に導火線に火を付けなくても、 発射時の爆風で導火線に火が付くことがわかるようになります。 導火線は穴を穿って砲弾に埋め込まれており、着弾時に爆薬に点火するように適当な長さにしてあります。 また着弾時に爆発する衝撃起爆装置 (percussion fuze) も、歴史的には極めて原始的なものである認識を 持っていないと理解がしづらいと思われます。 だから、時限起爆装置にせよ衝撃起爆装置にせよ、大仰な言葉ですが、とても原始的なものであることを 前提に読んでください。
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又、翻訳しにくい言葉にショット (shot) とシェル (shell, 貝殻) があります。 どちらも通常の翻訳では砲弾と訳すのが普通だと思います。 ショットは中身が詰まった金属のボールです。 シェルの方は中空になっていて、ここに破片弾や爆薬が詰まったものです。 シェルの方には起爆装置が必要です。 本文中では単にショット、シェルの様にカタカナ表記で記載しています。 なお、シェルには壊れやすいように、溝が切ってあるものがあります。 これをセグメント・シェルと呼びます。
この翻訳はアームストロング砲が起爆装置を基本的に変えてしまったことを理解するためのものです。 アームストロング砲以前の大砲では、砲弾と大砲の内腔の間には隙間があり、 発射時の爆発で、爆風が砲弾を包み込むような具合となります (windage)。 そのため、導火線には別途に着火する必要がなかったのですが、 アームストロング砲では発射時の爆風が砲弾と内腔の間をすり抜けることがなくなり、 起爆装置を新たにしなければなくなりました。
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中の詰まった大砲玉 (ショット、shot) は起爆装置の必要性がなく、 中空のボール (シェル、shell) で中に何かを詰めたものは -- 例えば火薬であったり、破片 (fragment) であったりするが -- ボールが望むらくは標的に達した時に (爆発するような) 時限起爆装置 (time fuse) が必要であった。 シェルの使用に関する初期の記述には 1376 年のジャドラ (Jadra) でベニスが使用したこと、 1421 年のコルシカ (Corsica) のセント・ボニファス (St. Boniface) の包囲戦で 起爆装置の付いたシェルのことがある。 1596 年にセバスチャン・ハル (Sebastian Halle) は衝撃で火薬を点火するための衝撃起爆装置と 起爆装置の燃焼時間を調節することの両方を提唱したが、 これは想像的なものであり、1682 年まで何も起きなかった。 これらの時限起爆装置はシェルの中身に点火するまでに一定時間の間燃焼する可燃物が使用された。 問題は、正確な燃焼時間には正確な時間測定とその記録が必要であり、 これは 1672 年まで可能ではなかった。 これ以前には「テストの達人」(proofmaster) が火薬の燃焼時間を、しばしば「使徒信条」(Apostle's Creed) を唱えることで、時間測定のテストをした。
次の世紀の中頃になって、始めて ボールと内腔の間の爆風の漏れ (windage) により、推進用の火薬の閃光 (flash) が シェルの周りに行き渡ることが理解された。 これにより、1744 年の「一回点火方式」に至ることになり、 シェルを装填する前に導火線に点火する必要がなくなった。 この時点では起爆装置はブナの木で作られ、中身がくり抜かれ、 火薬で満たし、適当な長さに切断されていた。 経験により安全な長さには最小値があった。 1779 年英国が採用した、あらかじめ切断した起爆装置の長さは 4, 4.5 そして 5 秒であった。
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最初の衝撃起爆装置 (percussion fuse) の記述は 1650 年に登場し、 これは火打石の火花を火薬発火用に使用するものであった。 問題点は、シェルが特定の方向に落下する必要があり、 球形のシェルではこれが保証できなかったことである。 爆発しそこなったシェルはブラインド (blind) と呼ばれることとなった。 問題は適当に安定した衝撃火薬を見つけることであった。 1800 年における雷酸水銀 (mercury fulminate) の発見に至るまで進展がなかった。 この発見によりアレクサンダー・フォーシス師 (Rev Alexander Fosyth) の特許である 小火器の火薬詰め方式と 1818 年の銅製の銃用雷管 (percussion cap) が続くことになった。 衝撃発火装置の概念は 1842 年に英国で採用され、多くのデザインが陸軍と海軍で調べられたが、 十分なものではなかった。恐らくは安全性と武装の特性の理由からであろう。 しかしながら、1846 年に王室砲兵隊の補給部将校 (quatermaster) であるフリーバーン (Freenburn) によるデザインが陸軍によって採用された。 それは 6 cm の長さの木製の起爆装置で、薬室と燃焼する導火線の間にあるブロックがせん断ワイヤーで固定されるものであった。 導火線は推進用の火薬の火で点火され、せん断ワイヤーが衝撃により破壊されるのであった。 英国海軍の衝撃起爆装置は、金属製であったが、1861 年まで登場しなかった。
英国の軍務では、19 世紀に至るまで標準化されることはなく、 事実上あらゆる口径の大砲に固有の時限起爆装置があった。 例えば 1850 年に至るまで、7 つの異なる起爆装置が球形の散弾 (case shot) で使用された。 しかしながら、1829 年に金属製の起爆装置が木製の代わりに英国海軍で採用された。 この時点で、起爆装置は榴散弾 (shrapnel)、共通シェル (爆発物を満たしたもの)、榴弾 (grenade) と共に使用された。 英国の起爆装置はすべて、ある長さに切断して、 下から底の中に穴を開けて、ここに挿入された。 問題はこれにより、火薬が使用できず、起爆装置の故障がありきたりであったことである。
不屈の大佐であるボクサーはもっと良い方法を示唆した: これは木製の」円錐型の起爆装置で中央に溝 (channel) があり、 2/10 インチごとに穴が開けられ、1/10 インチごとに黒、白に塗り分けられて、 粘土が火薬をこぼれないようにしていた。1853 年には。これらは 2 つの溝 (channel) が付いた 一つの起爆装置となり、曲射砲 (howitzer) と共通シェル (common shell) には 2 インチの 長さが使用され、榴散弾 (shrapnel) には 1 インチの長さが使用された。
しかしながら、ボクサーによる時限起爆装置は大いなる進展であったが、 それに続く数年の間、多くの問題を処理しなければならなかった。 時代遅れとなったフリーバーンの時限起爆装置用の穴のサイズが異なっていたのである。 これらは 1861 年にペットマン氏 (Mr Pettman) のデザインしたもので置き換えられ、 これは球形と非球形のシェルのどちらにも使用することができた。
臼砲 (mortar) 用の最後の時限起爆装置が登場し、 陸軍は木製の起爆装置を維持したが、海軍は金属性を使用した。 類似の米国の木製の起爆装置があった。 しかしながら、1855 年にアームストロングはライフリングが施された後装砲を製造し、 1859 年に英国の軍務に導入された。 問題はシェルと内腔の間に隙間がなく、もはや推進用の火薬の閃光が 起爆装置の点火に使用できなくなったのである。 そのため点火装置 (primer) が導入され、その上にハンマーが吊り下げられた。 発射の衝撃によりハンマーがはずれ、点火装置が火薬を点火し、時限装置が起動するのである。 アームストロングの A 型式の時限起爆装置は 1860 年に英国の軍務に導入され、 より短いボーマン型式の時限起爆装置が米国で導入された。
RBL (ライフリングの施された後装砲) の導入は、非球形の発射体につながり、 これは先頭が先に着地した。 これにより、衝撃起爆装置が可能となったが、回転するシェルと遠心力の問題を処理しなければならかった。 これにより、1870 年頃までに衝撃起爆装置が考案され、 これでは直撃発火ピン (direct action pin)、着火用の火薬 (detonator)、これが点火する薬室があり、 これが更にはシェルの主火薬に点火した。
アームストロングの時限起爆装置は急速に進展し、 1867 年に F 型式が導入され、これは最初の T & P (時限且つ衝撃, time and percussion) 起爆装置であった。 これの衝撃機能は完全に成功したわけでなく、E 型式のマーク III (E Mk III) で置き換えられた、 これは真鍮製で、ゆっくり燃焼するリングから構成され、 リングは着火キャップを保持するペレット (pellet, 小弾丸) によって点火され、 着火キャップは発射時の衝撃で着火ピン (firing pin) の上に押し戻された。 これは 20 世紀に使用された T & P 起爆装置の原型である。 もっとも初期には海軍のセグメント・シェルに使用されたのみであり、 陸軍が榴散弾に採用するまでには少々時間がかかることになった。
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